10 「ねえ、私とっても幸せよ」
「本当に、夢みたいだと思ったんだ」
書卓に両肘をついて、その組んだ両手にあごを乗せた陽子が言った。
抑えきれない嬉しさが、その表情ににじみ出て、自然笑顔になっている。
「確かに浩瀚のことが大好きで、私のことを同じように好きになってほしいと思ったけど、でもそんなの有り得ないって思ってたから」
「どうしてですか?」
直接的に、それこそ気質を表すかのように真っ直ぐに告げられる陽子からの告白に、浩瀚は目もくらむような気持ちになる。若さゆえと思いはすれど、だがその直接的な言葉に気まずさを覚えるというよりも、心地よくなる。彼にとっては、その真っ直ぐさが愛おしく、その対象が自分であれば殊更嬉しさが募った。
それでも感情を綺麗に抑えて、彼はいつもの冷静な顔で陽子の顔を見つめていた。
彼女は、浩瀚の質問にニコリと笑ってみせる。
「だって浩瀚は大人で私はまだまだ子供だし。だいたいとても手間のかかる王様だし。浩瀚のような大人の男性に似合うわけないってわかってるから」
何もかもが未熟な自分の手が届く相手じゃないと、陽子はずっと思っていた。あまりにも彼は完璧だったから。
それでも好きな気持ちに変わりはないし、そうなるとその相手に自分のことを好きになってほしいと願うのは当然のことで。
でも、だからと言ってその相手が本当に自分を好きになってくれるなどというのは、やっぱり御伽噺くらいの奇跡に近い。
次々に明らかにされる陽子の言葉は、浩瀚の心を、そこに潜む優越感を快く刺激した。自分の愛する女性がそこまで自分のことを思ってくれるという優越感。そのひと言ひと言が彼の心を高揚させて、感情を揺らして煌かす。
まるで真夏の清流のようだと浩瀚は思う。キラキラと光って、透き通って、冷たくて、気持ちいい。
「主上は私を喜ばせる天才ですね」
「え?」
「私こそ不相応だと思いながらも、それでもあなたを慕っていたのですよ。そんな私にあなたは勇気を出して手を差し伸べてくださった。夢のようだと思うのは私のほうです」
「浩瀚……」
淡々とした口調の浩瀚の言葉だったが、そこには感情がこもっていた。陽子は幸せそうに笑みこぼすと、浩瀚の右手を両手で握る。そして、愛しそうにそれに頬を寄せると抑えきれずに言った。
「ねえ、私とっても幸せよ」
浩瀚はその言葉を噛みしめるように、軽くまぶたを閉じて天を仰いだ。
2007 夏