2 「惚れた弱みで手が出せない?」


 



 つい衝動に任せて、近くにあった手に指を絡ませた。
 指を絡めて握ったところで、ハッと我に返って陽子は手の持ち主の顔を窺う。
「……あ、ごめん。つい」
 つい、衝動で。
 陽子の見上げた先で、浩瀚は無表情に、ただ手元に視線を落としている。
 その顔は、他の人から見れば、ただ単にいつものポーカーフェイス。けれど、間近に見上げる陽子からは、突然の出来事が理解出来ずに硬直しているのがよくわかる顔だった。
「えーっと……」
 謝ったはいいものの相手からの反応がないと、陽子としても対応しづらい。いや、謝って手を放せば、全て万事解決!というところなのはわかるが、正直彼女はそれをしたくなかった。
 心臓の鼓動が速い。絶対に猛スピードで血液が体中を巡っている。
 けれど、だからこそ、体中が熱くなるほど、嬉しい気持ちがいっぱいだった。
 放したくない。自らの無意識の行動とはいえ、せっかく握った大好きな人の手を、もうしばらく感じていたい。
「あの、浩瀚?その…出来ればもう少し握っててもいいかな?」
 心臓がバクバクして、油断すれば息が上がりそうで、努めて冷静な声で尋ねても、単語単語の音が微妙に危うい。
 それでも、精一杯頑張って尋ねた陽子だったが、その彼女から浩瀚は視線を外した。
「あ、ごごめん!悪かった!」
 それを拒否と受け取って、陽子は手を開放しようとする。だが、その手は今度は男の手によって握られた。
「……」
 まったくもってどうしたものやら…という困惑の状況に陥った陽子に向かって、浩瀚は視線をそらせたまま、やっと口を開いた。
「主上、もうしばらく、このままで」
「……うん」
 なんだか今更ながら照れてきて、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった陽子の耳に、浩瀚の言葉が落ちてくる。
「私からは、主上に触れることは出来ませんから、どうかこの機会を恩恵とすることをお許し下さい」
「どうして?」
 自分からは触れることが出来ない。
 思ってもない言葉に、咄嗟に尋ね返して陽子は顔を上げる。すると、今度は浩瀚とまともに目が合った。
 彼にしては珍しい、弱弱しい微笑。
「私が、王だから、か?」
「いいえ」
 彼はしっかりと首を横に振る。
「確かにあなたは王で、私は臣下の身ですが、それは理由ではありません。そうではなく、相手が、あなただからです」
 彼の言葉にピンときて、陽子は驚いたように瞬きをした。
 そして、
「もしかして、惚れた弱みで手が出せない?とか?」
 陽子の窺うような質問に、浩瀚は困ったような微笑で応えた。












 2007 夏


 

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