9 「残りの全人生賭けて誓えますか?」
「どうも嘘っぽいよなあ」
午後の執務の間の、ほんの少しの休憩時間だった。出されたお茶を手に、陽子が感慨深そうに呟く。
「何がですか?」
その傍で、お茶のご相伴をあずかっていた浩瀚が、彼女の呟きに面白そうな顔で尋ね返した。
「うん。あのね、約束とかする時に、…こっちじゃどうか知らないけど向こうでは『命を賭ける』とか言うんだよ。でも今の私は慶を治めることを本当に『命を賭けて』やってるからさ。となると、約束する時に『命を賭ける』って言うのはおかしいなあ、と思って。だってみんな知ってるから。本当にその約束に命を賭けてるわけじゃないって」
「……誓う言葉としては重みが足りない、と仰る?」
「そういうこと」
命を懸けるほど一生懸命なんだ、それくらいの覚悟で誓うんだ、という証明もしくは証拠とするには、その言葉は陽子の場合、何か違ってくる気がする。だからって決して真剣じゃないというわけではないけれど。
そんなことを何となく思って、の先ほどの呟きだった。
「主上は面白いことを仰いますね」
「そうかな」
手の中の茶器の揺れる水面を眺めて、陽子は小さく笑う。
たわいも無い会話。たわいも無い考え。たわいも無いやり取り。つかの間の休息は、こんなたわいも無いことで費やされるのが、いい。
陽子はくっとお茶を飲み干した。
そんな彼女を控えめに眺めていた浩瀚は、手にしていた茶器を卓上に置いて、口を開く。
「それでは私が主上に約束を請う時は、こう尋ねることにいたしましょう」
「うん?」
「『残りの全人生賭けて誓えますか?』」
穏やかな眼差しの浩瀚に告げられて、陽子は瞬間瞠目した後、微笑を浮かべた。
「いいな、それ。確かにもしかしたら何百年も生きることになるかもしれないからな。何百年の私の人生をかけて誓うなんて、それは重みがあるな」
満足そうに頷いて、彼女は浩瀚にチラリと悪戯っぽく笑った。
「さすが浩瀚。我が冢宰殿。じゃ、今度私に何か約束させたい時は是非その言葉を使ってくれ。一番初めにその言葉で約束するのはお前にするから」
「それは光栄に存じます」
芝居がかって礼をとった浩瀚に、陽子はくすぐったそうに笑った。
2007 夏