恋文模様・浩瀚


 



 書類の間に挟まった手紙を見つけて、浩瀚は何気なくそれを取り上げた。
 取り立てて特徴もない白い紙の表書きにはひと言。
 『我が君』
「……」
 手にしたまま止まってしまった彼に、何があったのかと不思議そうに顔を上げた彼女は「あ」と小さく呟くと、ばっと彼の手から手紙を取り返した。
「主上、それは」
 表情は何一つ変わらず、それでも尋ねてきた彼に、彼女…陽子は奪った手紙を書類の下に隠しながら、わずかに視線を泳がせる。
「えーと」
 しまった。と彼女は思う。忙しくてうっかり除けておくのを忘れていた。
 浩瀚相手に上手いこと誤魔化すことが出来るかと、一瞬のうちに考える。単なる手紙だとか、仕事がらみの報告書とか。
「主上?」
 けれど、困っている彼女がわかりながらも答えを迫る彼に、誤魔化しは無理だと諦めた。彼のことだ。これが何の手紙なのかなんて、発見した瞬間に察したに違いない。
「えーと…ファンレター……かな」
「ファンレター、ですか?」
 『ファンレター』なんて言葉が彼に通じないことに気付いても、適当な言葉に置き換えることが咄嗟に出来ない。
「えーと、いつも応援してます、がんばってください、みたいな手紙?」
 あながち間違ってもないような、けれども決して真実ではない陽子の答えに、浩瀚はひと言、呟いた。
「へえ?」
 あれ…?
 わずかに上がった語尾に、陽子は驚いて彼の顔を見上げる。
 表情は変わらない。いつもと同じ冷静な冢宰殿の顔。
 けれど。
 浩瀚の手がスッと伸びて陽子の手首を掴む。
「今までにもこのようなことが?」
「……え……と、たま、に?」
 陽子が真実を言ってないことはバレているんだろうとは、さすがにわかる。だが嘘をついたことに関して怒っている…にしては、怒り方が静か過ぎる。抑えこんだ感情は、浩瀚においては、公的な時ではなく、私的な時、特有だ。
 ぐっと強く掴まれて、陽子は目をぱちくりとさせた。痛さより、状況が飲み込めない。
 まさか。あの浩瀚が。
「ヤキモチ……?」
 うっかり呟いてしまい、さらに強く掴まれた。
「痛っ」
 浩瀚、痛い!と訴えると、彼はこんな場合に有り得ないと思うような微笑を浮かべて見せた。
「面白くないのは当たり前でしょう?恋人に恋文など来ては」
「で、でも、別に、もらったからってどうってことないだろう?私には浩瀚がいるんだし」
「それでも面白くないものは面白くないんですよ。主上はもう少し男の心の機微を学んだ方がよろしいですね」
「……」
 陽子が何かを言うより前に、浩瀚は掴んだ手首を引いて彼女を引き寄せると、その唇を奪った。













 2010 秋


 

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