恋文模様・陽子
それは本当に運が悪かったとしかいいようがない。
ふと目を遣った回廊の先で、浩瀚が女官から手紙を渡されている場面を見てしまうなんて。
堂室にこもって、山のような仕事の書簡を前に、陽子は深いため息をこぼす。
「美人だったなあ」
あの様子を見れば状況は一目瞭然。ラブレターを渡していた女官は、ひとまず見た目は陽子より年上の妙齢の美女。
わずかに後ろ向きだった浩瀚の顔はわからなかったけれど、それでもあんな美女に想われて嬉しくない男はいないだろう。
はぁ。ため息をまたこぼす。ひどく打ちのめされた気分になっている。
浩瀚がもてるのは当たり前で、今さらそれにショックを受けることはないだろうに。
それでもひどくショックだ。わかっていても、目の前で現実を見せ付けられる破壊力は半端ないようだ。
「だいたい、浩瀚が私を好きってあたりが、そもそもおかしいのかも」
見た目だってたいしたことないし、王としてもまだまだ未熟で、だいたい全てにおいて子供だ。
「ああ、もう、凹む」
マイナス志向の連鎖に陥った陽子は、そう呟いて突っ伏した。
するとそこに声が落ちる。
「どうしてあなたはそういう方向に考えるのでしょうね?」
バッと顔を上げると、控えの間の扉を開けて、浩瀚が立っている。
そうして彼はそのまま陽子の前までやって来た。
「そういう場合は、落ち込むのではなく、私に怒ればよろしいんですよ。女官に言い寄られるとは何事か、とね」
「……それは……理不尽じゃないか?浩瀚は悪くないし」
「そういう問題ではありません。こういう場合は多少理不尽でも怒ってくれた方が、私は嬉しいのです。主上がヤキモチを焼いてくれた、と思えますから」
「ヤキモチ……」
うーん、と陽子は首を傾げる。どう転んでもそういう方向に自分の思考は行かない気がする。なぜなら、ヤキモチを焼けるほど、自分に自信がないからだ。
浩瀚は彼女の気持ちを汲み取って苦笑すると、言い聞かせるような口調で、優しく微笑んだ。
「…陽子は、素敵な女性ですよ、私のほうがあなたにふさわしくあらねば、と思うほどに。ですから、もう少し……そうですね、私を喜ばせるためにも、ヤキモチを焼いてください」
2010 秋