LOVE POWER 3 −十二国記−
5.
もう暫くしたらちゃんと戻るから、と約束した陽子を残して、景麒が立ち去ってから暫くして。
入れ替わるようにして、今度は浩瀚がやって来る。
「隣に座っても?」
頷く彼女の隣に、腰を下ろす彼を見ながら、陽子は尋ねた。
「景麒の後を付けて来たのか?」
「ええ」
悪びれもせずに応えた彼は、謝罪の言葉を口にした。
「出すぎた真似をいたしました。申し訳ありません」
「……うん、でも浩瀚が私を心配して言ってくれたってわかってるから……いいよ」
言って、でも、と付け加える。
「今後、こういうことに関して口出しは無用だ。私は確かに未熟で弱いけれど、自分で受け止めなければならないことは、わかっているつもりだから」
「主上」
「お前もお前の役目を忘れないで欲しい。私のことより、慶の民のことにこそ気を配ってくれ」
きっぱりと言い切る陽子の凛とした顔に、浩瀚は敬意を表するように目礼した後、表情を和らげた。
「お言葉、胸に。けれど、なかなか寂しいことをおっしゃいますね」
「そうかな?」
「公人としての私は私情を挟むつもりは毛頭ございませんが、私個人としては、あなたが心配で堪らないのですよ。それはそれとしてご理解いただきませんと」
「……」
浩瀚の言葉に表情を曇らせる陽子に、彼はその手を取って包み込んだ。自分のせいで浩瀚が、『道』を踏み誤ることを心配する彼女の心情は、心底嬉しい。だが。
「そのようなご心配は無用です。公私の区別はきちんと付けられますよ。私を見損なってもらっては困ります」
「……でも」
強情に肯(うべな)わず、まだ瞳を揺らす彼女に、浩瀚は言い聞かせるようにゆっくりと、そして自信をにじませた笑みを見せて言った。
「私の言を信用出来ないとおっしゃる?」
「そんなこと、ないけど」
「だいたい台輔も私が主上の傍にいることを認めてくれたのですから、あなたが怖れることは何もありません。万が一でも私が私情を挟むような真似をしでかしたら、誰よりもまず台輔が私を引き離しにかかるでしょうからね」
「……」
ふぅ、と陽子はため息をついた。降参、という印だ。そもそも浩瀚相手に言い勝てるわけもない。それに自分は未来に対して怖れすぎる、という自らの欠点もわかっている。きっとこの不安も怖れも考えすぎなのだ。
そして彼女はあれ、と叫んだ。
「もしかして、お前、景麒とのやり取りを聞いてたのか?」
「ええ」
またしてもしれっと応える彼に、陽子が渋面になる。
「油断ならないなあ」
「褒め言葉として受け取っておきます。それに私が聞いていたことは台輔もご存知だったでしょう」
「え、そうなの?!」
「ええ、たぶん」
はぁ、と再びため息をつくと、その脱力のままに陽子は浩瀚にもたれかかった。
「みんな、優しいよなあ。私は幸せ者だな」
みんな、自分のことで精一杯なはずなのに、それでも陽子を気遣ってくれるのだ。優しさに甘えてはいけないと思うけれど、それでもその気持ちが嬉しい。
「皆、主上が好きなのですよ。そしてあなたが一生懸命で生真面目なのを知っているから、皆が皆、心配してしまうのです」
「私は……一生懸命になるしか、まだ出来る事がないから」
自分の手を包む浩瀚の手ごと持ち上げた陽子は、その手に頬を寄せる。
「やっぱり私は浩瀚の手が好きだな」
過去に胸を高鳴らせたその手は、今はこれほど近くに在って、簡単に触れることが出来る。
この手は、慶を守る手だ。民を守る手で、女王を守る手。そして陽子自身を守り、支える手だ。
フッと浩瀚が笑う音がした。
「手だけとは、なかなかつれないことをおっしゃる」
言って、陽子の手から逃れた彼の手が、あごを捉えた。そして唇が重なった。
深く長い口付けが終わると、浩瀚は陽子の髪を軽く梳き、間近で見詰め合ったまま言葉を発した。
「男を前に、あまりつれないことをおっしゃるものではありませんよ。こうやって意地でもこちらを振り向かせたくなりますからね」
「……別に、そんなつもりじゃなかったんだけど」
だいたい私が浩瀚を好きなことはわかってるくせに、手だけとか言ってないし…とぶつぶつと呟く陽子に、浩瀚は微苦笑を浮かべると、表情を改めた。
「さて、名残惜しいですが、そろそろ戻りましょう」
立ち上がって陽子に手を差し出す彼に、彼女もまたパチパチと両頬を軽く叩いた後、その手に手を重ねて立ち上がった。
温かさが気持ちいい。吹き渡る風が爽やかだ。そして頼りすぎてはいけないと自制しつつも、頼りがいのある……浩瀚。
手を繋いで歩きながら、陽子は思う。
自分は一人じゃない、と。頼りすぎて自分を見失ってはいけないけれど、それでも自分ひとりで抱え込む必要はないのだ、と。
だって、心配してくれる優しい人がたくさんいるのだから。
「ありがとう……大好き」
小さく呟いた声を聞きとめて、浩瀚は繋いだ手を強く握り返した。
2009.12.5
<あとがき>
アンケート第2位「十二国記・浩陽」でした。投票してくださった方、コメントくださった方、ありがとうございました。
景麒が…というコメントをいただいたので、景麒さんにも登場してもらいました。景麒って、根本的にまっすぐで子どもな感じがして、可愛いと思えるようになってきました。私、成長したな(笑)
このサイトは、遙か3メインで動いてるので、そんな中でも「十二国記」が第2位だったとは大健闘。ありがとうございます。ご要望がある限り、十二国記書きますよーv