うたた寝 陽子→浩瀚


 


「うわぁ、珍しい」
 つい声にしてしまって、陽子は急いで手で口を押さえた。
 しばらく身動きせずに様子を窺って、目覚めていないのを確かめて、ゆっくりと近寄る。
 音を立てずに近くにあった椅子を持ってきて、大きな机の傍に寄せ、
 机に立てた腕の掌に、頬を預けて眠る浩瀚の顔を覗き込んだ。
 規則正しい寝息を立てて、静かに眠る様子を見ていると、自然に微笑が浮かんでくる。
(なんか、可愛いなあ)
 年上相手にこの発言もどうかと思うが、ひどく可愛い印象を覚えた。
 目を覚ましている時の、怜悧で切れ者な彼からは、ちょっと想像が難しい。
(やっぱり顔には内面が表れるよな)
 もともとの造作がこうだとしたら、目覚めている時のあの顔には、その内面・心栄えが表れているということになる。
(てことは、私の本来の顔ってどうなんだろうな)
 写真でも撮ってもらわないことには一生見ることの出来ないだろう、そんな自分の顔が、ちょっと気になった。
(六太くんにカメラでも買ってきてもらうかな)
 そんなことをフと思っていると、
「……」
(!)
 眠っている浩瀚が、少し眉根を寄せる動きを見せて、陽子は息を飲んだ。
 目覚めたのか、と身構えていると、ほどなくして、また穏やかな表情に戻る。
(はー…)
 詰めていた息を吐いて、机に両肘をついた。
 眠る浩瀚の机に目一杯広げられたいくつかの書簡。
 周りの机に置かれた様々な書籍。
(頑張りすぎなんだよ、お前は)
 私邸に帰る暇もないくらいに、仕事をこなしているのだ。疲れもたまろうというもの。
 その結果がこれだとして、陽子に何が言えるわけもない。
(私がもう少し役立てるといいんだけど)
 自分の能力について嘆くような無駄な事はもうしない。今出来る事を精一杯するしか自分には道はない。
 だから、もう少しの間は浩瀚に無理を強いることになってしまう。
(あーあ…)
 自分の不甲斐なさは、深いため息一つで片をつけて、
(もう少し、私がちゃんと王として役立つまで、待ってて)
 声に出さずに呟いて、もう少しだけ、と自分に言い聞かせて、陽子はずっと浩瀚の滅多に見られない寝顔を眺めつづけた。

 

 

 

 


<後書き>
サイト開設1周年記念祭より。
陽子→浩瀚バージョン。

2005.5.?

 

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