うたた寝 浩瀚→陽子
(こんなに無防備に……)
すやすやと眠る陽子を見下ろして、浩瀚はため息をこぼした。
いくら自国の宮殿とはいえ、警戒心のないにもほどがある。
中庭のあずまやで、ただ一人うたた寝をしているなど、王としてあるべき姿ではない。
今すぐにも起こして、注意の一つでも与えるべきだ。……冢宰としては。
(だが)
時折通る風と静かな中庭。つい眠気を誘われても致し方ないと思われる状況に、陽子の無意識に疲れをためこんだ体を思えば。
起こす事は忍びなく。
何よりも。
こんな幼子のように気持ちよさそうに眠る彼女を、気遣いなく起こしてしまうなど、浩瀚には出来そうもなかった。
仕方なしというふうに、すぐ傍に腰を下ろして、その顔を眺める。
目の前で、椅子にもたれるようにして眠っている陽子に、
(しかしあまりにも無防備すぎですよ、主上)
自嘲と苦笑を滲ませる。
自分のように、彼女に恋する不届き者が、眠っている彼女にどんな事をしでかすかわからないというのに。
そんな事は、きっと命を狙われる事以上に、考えのうちにないらしい。その頓着のなさが陽子らしいといえば陽子らしいのだが。
閉じられたまぶたの奥には、人を…自分を惹きつけてやまない強い光を放つ瞳が隠れていて。
今は閉じられた唇からは、夏の谷間の小川のような、清かで快い笑声がこぼれる。
眠っていても目覚めていても変わらない波うつ赤い髪は、今触れることは叶わない。
(早く、目を覚ましてくれませんか?)
陽子の眠りを守るなら、浩瀚が何よりも尊いと思う彼女を感じる事は出来なくて。
けれど、もちろん、自ら彼女の眠りを破るような気になるはずもなく。
安らかに眠る彼女をどこまでも守りたい気持ちと、自分が何よりも尊いと思う目覚めた鮮やかな彼女に会いたい気持ち。
このまま眠らせておきたいのか、目を覚まして欲しいのか。
自分がどちらを望んでいるのかわからず、浩瀚にしては珍しく心を決め兼ねて、ただ陽子の眠りを見つめつづけるのだった。
<後書き>
サイト開設1周年記念祭より。
浩瀚→陽子バージョン。陽子に関わる事になると、ちょっと怜悧な判断が鈍ってしまう浩瀚様v
2005.5.?