『試練』
「主上、どういうおつもりですか?」
平静を装った、けれど確実に苛つきに近い感情を抑え込んだ口調で、浩瀚は陽子に視線を流す。
彼の左手は、陽子の右手に絡めとられていた。
仕事にならないのは言うまでもないが、かといって、ふりほどくのも躊躇われる。
とはいえ、昼日中の景王の執務室という場所では、あってしかるべき状態ではない。
浩瀚が尋ねる間も、絡んだ陽子の指は離れる気配もなく、そこで遊んでいる。
「主上、私の質問にお答えいただけますか?」
「んー、浩瀚の指って綺麗だよなーって思って」
暢気に応えて、陽子はにこりと浩瀚を見上げた。
「だから触れてみたくなっただけなんだけど?」
「………主上からそのようなお言葉を賜るとは、大変光栄なことでございますが」
「主上なんて、堅苦しく呼ばなくたって、陽子でいいよ。二人っきりなんだし」
笑顔の陽子に、浩瀚は、彼らしくもなく、この目の前の女性が憎くなった。確実に彼女は意図的だ。
ポーカーフェイスのまま、けれど苦々しげに、浩瀚は言う。
「私の理性を試してらっしゃるのか、本気で誘惑しているのか、どちらですか?」
「どっちも、かな」
応えて陽子はクスリと笑う。
「浩瀚は、公私の区別をしっかりつけるから、その限界を知りたいってのもある。私がどんなに誘っても絶対理性で制御しそうな気がするしね。けど、誘いにのってくれても、まあいいかな、とも思ってる」
「主上、趣味が悪いと思いませんか?」
浩瀚の指摘に、陽子は片方の唇を持ち上げて笑った。
「誰かさんの教育が行き届いているからね。……さて」
悪戯っぽい瞳で、陽子は浩瀚をチラリを見た。
「お前はどうする?」