『月夜』
「なにしてんの?」
月の光の落ちる中、中庭の池に張り出した四阿に浩瀚を見つけて、さすがに陽子も驚いて立ち止まった。
「主上を待ち伏せしておりました」
「へえ」
うっすらと微笑を浮かべてサラリと答えた浩瀚に、陽子も微笑する。
いくら官吏といえども、入ることなど出来ない王の私的な場所に、あえてもの慣れた風で座っている浩瀚の意図は明らかだ。
陽子をこの場で捕まえるため、というのは嘘ではないし、それが私的な理由からだという事も見て取れる。
けれど。
「私が来ると知ってたわけ?」
彼女がこの場にくる事を事前に知りえたはずはない。景王ともあろう者が、真夜中に一人で庭を散策するなど、普通に考えてあり得ないことなのだ。陽子だとて、自分がこの場に来ることなど思ってもいなかった。ただ、寝る直前に窓の外を見て、ふと思い立って出てきたのだ。
陽子の見下ろす視線を受けて、浩瀚はくすっと小さく笑うと、空を見上げた。
夜空には、はっきりと輪郭を持った、凛とした月が一つ、浮かんでいる。
「月が教えてくれたんですよ」
言って、浩瀚は陽子の腕を捕らえて引き寄せた。そして、どこか物語然としたまま続ける。
「今夜はきっと貴女がここにやって来る、と」
「月の神までたらしこんだのか?」
浩瀚の為すがままになりながら、どこか憮然とした声で陽子が呟いた。
「私以外にもたらしこむなんて、お前も隅に置けないな」
呆れた調子の陽子にクッと笑って応えると、浩瀚は月に背を向けて、陽子に覆い被さった。